Moonlight scenery

      The siesta in the shallow spring
                *サンジさんBD記念作品vv
 

 

 欧州の、特に地中海に面した地域は、冬場こそ暖流の影響から暖かく過ごせるが、雨も多くて。乾いた気候の唯一の雨季のようなものが、冬場から春までやって来て、ずっとじっとり居座ったりする。大した量ではないけど、それでもね。空に雲が垂れ込めると少ぉし憂鬱。なので、冬場でも緑が絶えないこの土地でも、春が待ち遠しいのは同んなじで。
“今日はまた、久々にいい天気だしな。”
 大窓の傍らに据えられたテーブルにて、追加申請の書類の作成なんぞを手掛けていた金髪の隋臣長様。なめらかにペンを走らせていた手を止めて、窓の外に揺れた梢の隙間からこぼれて来る、光のモザイクみたいな木洩れ陽へと視線を向けた。風土的な条件も勿論あってのことながら、この王宮の庭園には常緑の樹も殊更に沢山植えてある。外部からの目隠しの代わりも兼ねているからで。そうだとはいえ、新しい季節に向けての新しい芽が萌え出しての柔らかな緑を透かす陽光はまた格別で。
「………。」
 春の到来を早々と実感出来たようで、擽ったい想いがした彼なのだろう。品の良い形に引き締まってた口許に、仄かに淡い微笑が浮かんだのが、何とも言えず優しげで麗しいったらvv マホガニーのデスクも一応は置かれている執務室だが、彼が書き物へと向かうためについているのは…堅い籐の脚が優美な曲線を描く上へブロンズグラスの天板を据えたテーブルと、小じゃれた猫脚の椅子のセットという、随分と寛いだ場所であり。デザインシャツにカジュアルな型のボトムとニットのジャケットという、普段着に近いほど やや砕けたいで立ちといい、執務という“お仕事”に手をつけつつもすっかりとリラックスしている彼だと判る。そもそも“王子の傍仕え”という立場から離れた訳ではない彼なので、毎日の日常もまた、ある意味で“職務”に連なっている代物であり。どこまでが勤務中でどこからがプライベートなのやら。昔は本人でさえ、区切りなんてつけていなかった節があったほど。それを苦にすることはなく、むしろ、最近になって直接いちいち手を焼く場面が減ったのが、ほんのちょっぴり寂しかったりしなくもなくて。…だがだが、そうかと言って、
“こういう書類仕事は、専門知識だけでなく、ちょっぴりの要領も必要なことだしな。”
 なので。型通りの決済をされてもなという部分への融通を考えれば、随分と裾野の広い全てへ応用が利く者、何もかもに通じていて慣れた者、つまりはサンジほどの蓄積(キャリア)がある者でないと効率的にはこなせぬことでもあり。歳月を積むと、慣れやキャリアの差から階級というのか立場というのか、そういうものが上がってしまい、直接の仕事が部下という“人任せ”になるのはどんな仕事であれ当たり前の進歩・展開なんだろうけれど。ましてや、自分たちの立場が上がるということは、そのまま…それだけ王子自身が成長し、それによって得た広い視野にて、もっと大きな活動をこなさねばならなくなる準備に通じるのだと。そちらの理屈も重々判ってもいるのだけれど。

  「……………。」

 自分の立ち位置が…自分がフォローを手掛けている本人からさえも、距離が生まれるような発展だなんて、
“あんまり嬉しくないよな気もするよな…。”
 肩書きなんかよりも大切なもの。誰にでも判るよな仰々しい階級よりも、誰にも判らないままにで良い、大好きな人に大切だよって想ってもらえることの方がどれほど嬉しいことか。それをちゃんと知っていたればこそ、そんな風に寂しく感じてしまったサンジでもあって。日頃は冷静でクールな彼には珍しく、ちょっぴり我儘な気分がしたのは、久々の陽光がまんま王子様の屈託のない笑顔と重なったからなのかも知れません…。






            ◇



 小さくて無邪気で屈託がなく、愛らしくて明るくてお元気で。ご親族である王族の方々は勿論のこと、傍仕えの者たちも国民たちも、誰もが彼を愛しく思い、その笑顔に心を癒された。大きな瞳にふくふくと柔らかい頬や小鼻。表情が豊かな口許には、いつだって軽やかな笑い声がくっついており。何かを見やって大きな瞳を見張っては、それをきゅううっと細めて嬉しそうに笑う、そりゃあ無邪気な王子様。国民への初めてのお目見えからさして日も経たぬうちから“王宮のお陽様”と謳われて、何につけその笑顔が新聞のどこかに必ず飾られたほどにも人々から愛された、アイドルやスターも顔負けのそれは愛らしい王子様。

  『あのお花は何て言うの?』
  『ミモザですよ、王子。』
  『みもじゃ? なんか美味しそーな名前だvv

 おしゃまなお喋りが出来るようになり、好奇心旺盛なところを遺憾なく発揮し出した頃に、ご学友や遊び友達である“お傍衆”である自分たちと引き会わされた小さな王子様。ずっとずっとご家族とばかりいらしたので、人見知りをするかと危ぶんだ大人たちの心配も蹴飛ばして。あっと言う間に仲よくなった子らと共に、王宮中を駆け回ってはやんちゃを繰り広げた王子様は、ややあって…途轍もない悲しみに打ちひしがれもしたけれど。大好きだよ、愛しているよと、お父様やお兄様が、お傍仕えの皆様が、そりゃあ根気よく凍えた心を暖めて下さったから。大きくなって大人になって、お母様が心配なさらないように頑張らなくちゃねって、めきめきと元気になった。ちょっぴり甘えん坊なところが残ってしまったのは、皆さんで一斉に構った後遺症。まま仕方がなかろうと、暗黙の内の了解ってことで大目に見ていたのだけれど。

  『サンジっ! 遊ぼっ!』
  『これは何て読むの?』
  『お歌、唄ってvv

 何だかね、同んなじお名前ばかりを口にする王子様になっちゃって。そのお兄さんがいないと、泣いたり愚図ったりするようにまでなってしまって。何とか御機嫌なままでいたとしてもね、後から現れたお兄さんを見つけると、それまでの何倍も良いお顔をする王子様だって判って来たから、

  『こりゃあ、いつ何時もサンジには傍に付いててもらわないと。』

 国王陛下や皇太子殿下ともあろうお方々が…もしかしなくとも岡焼き半分の苦笑をなさりつつ。こちらもまだまだ小さかった金髪のお兄ちゃまへ、王子の腹心の側近であるという正式な肩書きを、史上最年少にて授けたのは何年前の話だったか。確かあれも春じゃなかったのかな?

  『サンジっ、ケーキ作ったぞ、食べろっ!』
  『………はい?』

 何日か前に作り方を教えろとさんざせがんだホットケーキ。裏が真っ黒で、あまりの堅さにナイフもなかなか通らなくって。それでも何とか頑張って食べれば、
『はっぴ、ばーすでー、つーゆー。はっぴ、ばーすでー、つーゆー♪』
 覚えたてのお歌を、舌っ足らずな発音と危なっかしい音程とで、それでも一所懸命に歌って下さった、そりゃあ ありがたかった日を思い出す。彼にしてみればお祝いという“持て成し”をしているつもりだったのだろうけど、
『ご本読んでvv
『お散歩行くの。』
 やってることはいつもと同じで。ちょびっとだけ違ったのはね、サンジの方からじゃなく自分から、お兄さんの手を引き、お歌を歌って、場を盛り上げようと頑張ったこと。
『とりろかもみるのお歌vv』
 そりゃあ“トレロカモミロ”ではなかったかと思いつつ、お遊戯のお部屋の真ん中、闘牛士の真似をして。自分がグルグルッてくるまれそうなほども大きなクロスを振り回す、小さな王子様があんまり愛らしかったから。一緒に唄って差し上げて、最後の決めポーズへの拍手も沢山々々して上げた。すると、恥ずかしそうに笑って、

  『サンジっ、だ〜い好きだよ?』

 まだ ずんと小さかったからね、周りに人が居ようが居まいがお構いなしで、臆面もなく大きなお声で言い切って下さった王子様。恥ずかしかったり慌てたりするような場面もなくはなかったけれど、胸にじんわり、暖かくて嬉しい、何よりのプレゼントだったよね。


   “そういや、最近はさすがに言われてないなぁ…。”







            ◇




   ――― …ンジ、サンジっ!


 あれれぇ? ホントに声が聞こえるぞ。夢の中でもこんなくっきり聞こえるもんなのか…なんて思っていたところを、
「起きろよっ!」
「あ〜?」
 肩口に手を置かれ、ゆさゆさと揺すられて。テーブルの上、折り重ねた腕へと顔を伏せ、突っ伏すようになって寝ていた自分だと気がついた。
「サンジっ!」
「ああ、聞こえてる。」
 お元気な声が容赦なく揺り起こしてくれたのへ、欠伸なんだか溜息なんだか、ほうと吐息を一つつき、書類を確かめながらお片付けに入る。わざわざ起こしに来たということは、サンジに何か用がある彼だということで。そんなにも急ぐ書類じゃなし、手際よくまとめて浅い色合いのファイリングケースへと浚い込むと、これもまた阿吽の呼吸というものか、早速のように、自分の御用を口にする王子様。
「俺の部屋まで来い。良いもの、用意してあるからサ。」
「良いもの?」
 おうむ返しに繰り返せば、小さな王子様、満面の笑顔で“おうっ!”なんてそれは嬉しそうに応じて下さって。その無邪気な笑顔へと、
「………。」
 ついつい見とれてしまったのは、ついさっきまで見ていた夢の中、屈託なくはしゃぎながらまとわりついて来ていた小さな王子様と、全然変わりがなかったからだ。
「? どうした?」
「ああ、いや…。」
 わざわざ話して聞かせるまでのことでなし、言葉を濁しつつ立ち上がる。あんなとこで寝てると風邪ひくぞ? いつも俺にってそう言ってるサンジのくせによ。ああそうだな、ここんとこ忙しくてな。仕事がか? ああ、年度末だからあれこれ届け出るもんとか まとめ上げなきゃならないもんとか山ほどあるのによ、誰かさんが色々ぶっ壊してくれるのを書き足さにゃならん作業が毎日追っかけて来るから、概算の予測すら立てられんのだ。
「あやや…。///////
 さすがに、こうまで大きくなったれば…サンジが携わっている仕事というのが判っているルフィだから。彼の難儀はそのまま自分の手落ちや不手際と直結してのことと、きちんと察知出来るらしくて。
「………。」
 ごめんなさいと言わんばかり、小さな肩をたちまち ふしゅんと落とした王子様。並んで歩いていたものが、歩調を落とした彼が遅れて。それで、おやと気づいたサンジの方こそ。いつまでもお子様扱いしていた反動、そんな王子の変化成長に気がつかなかったのかも知れなくて。
“…ふ〜ん。”
 彼もまた政権を担う王族の一員である以上、先々では“外交大使”という責務を負う義務が待っている。一応は自給自足も出来る国だが、観光と貿易という“外貨獲得”が収入の柱となりつつある現状なればこそ、彼にも早いトコ大人になってもらわなきゃならない筈なのにね。自分たちの手を煩わさせない“一人前”になられてしまうと、
“それはそれで…寂しいことかもな。”
 なんて、矛盾したこと、その胸に感じつつ、
「ほ・ら。いちいち気にしててどうするよ。」
 伸ばされた手が、頬にすべって耳元まで。深く差し入れられるのへ、何の警戒も抵抗も見せない、自分へはそれは無防備な王子様。きゅう〜んと見つめ返して来る大きな瞳へ、かすかに小首を傾げるようにして応じてやり、

  「ごめんと思うような殊勝な奴だとは思わなかったぞ?」
  「あ、言ったな。」

 いつまでも子供扱いしてんじゃねぇよと、ぷぷいと怒った王子様。心配しないでも大丈夫だからって、そんな風に慰めや励ましを言ってやる人は他にもいるからね。いちいち気を遣うな、どうせ可愛げのないことしか言い返さないぞ、だって全然堪
こたえてないんだもの。自分くらいはそんなお顔をして見せないとね。思い切ったこと、してくれてこそルフィなんだから。そんな彼が振り返る原因に、後顧の憂いになってはいけない。たいそう強かなまま、心配しなさんなっていう余裕のお顔でいなけりゃいけない。それが…ルフィ王子の側近たちには、顔触れが固まった頃からの揺るがない信条、言わずもがなな不文律だからね。こんな強気の言いようが出来るのは、それこそ自分たちだけなんだからと、胸を張ってのご意見なれど。実は実は…、
“今更嫌われたら、これが案外と堪えることだろな。”
 その胸中にてこっそりと、そんな弱音をついついポロリ。
「どしたんだ?」
「いいや、なんでもない。」
 誤魔化したついで、一体何の用なのだと訊いては見たが、

  「来れば判るっvv

 しししっと笑った無邪気な王子。いつもの笑顔が格別眩しいなと思った、隋臣長さんであったりしたそうです。









 さてとて。そんな王子様のお部屋では、
「あいつ、字だけじゃなく絵もへべれけなんだな。」
「へべれけってのは何よ。」
 酒豪の彼らしい言いようへ苦笑したナミだったが、護衛官殿が言いたいことはちゃんと伝わっている。お茶の準備が整ったテーブルの上の、その真ん中にセッティングされた丸ぁるいケーキ。その上へとパイピング…生クリームで線描きされた絵のことだ。目鼻がついているから かろうじて“顔”…なのかもなと判る代物を見やっての言いようであり、
「良いのよ、これで。正直言ってあたしも進歩のないことって思っちゃうけどね。サンジくんには字と同様、絵もちゃんと判るらしいから。」
 これも蓄積の差ってやつよね〜と言った彼女へ、たちまちゾロの眉根がむむうと寄せられかかったが、
「あたしとは半月も違わないのにサ。」
 おやおや。ナミさんたら、ゾロさんへの当てこすりとかじゃなく、自分との比較だったのね。あの二人の兄弟のような、いやいや、それ以上の睦まじさ。彼女にもまた、微笑ましいながら…少々忌ま忌ましいことでもあったらしくって。

  “とはいえ、こればっかりはなぁ…。”

 どこの園児が描いた代物だろうかと思えるような絵や、象形文字でももっと判るぞと思えるよな いつもの走り書き。ずっと傍らにいて見守っていたればこそ理解も追いつくというような、少ぉしずつの連綿とした蓄積がどうしても必要な事象なのだろうから、こればっかりはどうしようもない。そんな絆を、さりとて具体的には自分たちでも気づいていないのだろうお二人が、大窓の外、若芽が萌える梢越しに見えたものだから。はしたなかったがついつい、ご両人へと声を上げてしまったナミさんだった。




  HAPPY BIRTHDAY to SANJI !


  〜Fine〜  05.3.02.


  *サンジさんのBD話というと、どうしてもこのシリーズに落ち着く芸のなさよ。
   幸せそうだと言うことで、どうかご容赦ですvv

ご感想は こちらへvv**

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